ノルウェイの森を読む
日本を代表する文学者
今回は、フランツ・カフカ賞を受賞し、ノーベル文学賞の有力候補にも上がっている、日本を代表する作家「村上春樹」の名作「ノルウェイの森」を読んでみたいと思います。
痛みを伴う物語
私がこの話に触れたのは、16歳のときだったのですが、そのときはまだ内容を完全には理解することが出来ずに、ただ村上春樹の文体が独特で、それに込められた雰囲気を楽しむために読んでいました。
表現や比喩が綺麗で、それでいてどこか少しだけ冷たさが感じられる文体。
内容は完全には理解することが出来なかったと書きましたが、私がそれを読んで断片的に感じたのは、どちらかというと“嫌い”という気持ちで、登場人物全員好きになれなくて、私が必死で否定している世界がその独特の綺麗な文体で表されているようで、読むのが苦しくて仕方なかった。
ノルウェイの森だけに限らず、村上春樹の作品は私にとっていつもそうで、でもなぜだかは分からないけれども新しい作品が出るたびに読んで、そしていつも後悔します。
今考えてみると、村上春樹と私はどこか似たところがあるのではないかと思います。
葛藤と喪失感
「ノルウェイの森」という作品は、一時は大ベストセラーになったので、読んだことがある人も多いかと思います。
評論家ではない私が、端的に説明すると、少しだけ冷めた部分を持つ主人公(村上春樹の作品の主人公はいつもどこか冷めている気がします)が、何人かの女の子と恋愛をして、そしてどこか報われない気持ちに対する葛藤や喪失感を描いた作品だと考えています。
その喪失感に触れると、私にはどこか悲しくて、痛くて、そして苦しくなります。
きっとその喪失感は私の心の中にも確実に存在していて、でも普段はそれを意図的に見ないようにしているために、この作品を読んで感じると、自分の心の中にあるそれが共鳴して表出してくるような気がするからかもしれません。
初めて読んでから4年後、私はもう一度この作品に触れることにしました。
そうしたら以前より、少しだけは、理解することが出来る気がしましたが、まだまだ私には、それに触れた指先が痛くて仕方なくなる物語でした。
これを完全に理解できたとき、私は大人になったといえるのかもしれません。
でもそれはもしかして少し悲しいことではないかと感じました。